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東京地方裁判所 昭和39年(ワ)2781号 判決

原告 高柳有限会社

右代表者代表取締役 下田千代

右訴訟代理人弁護士 広瀬通

被告 稲垣武五

右訴訟代理人弁護士 宗宮信次

同 川合昭三

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一、原告の請求の趣旨

1、被告は原告に対し一、六八〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和三九年一〇月一〇日以降右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言。

二、被告の申立

主文第一項と同旨の判決

第二、主張

一、原告の請求原因

1、訴外岩橋勝一郎は昭和三一年九月五日に別紙目録記載の建物(以下本件建物という)を、当時の所有(共有)者訴外山本解寿および訴外高柳道生から賃借し、引渡を受けたが、将来本件建物において飲食店営業を法人組織によって経営することを予定し、その際は本件建物の賃借権を右法人に譲渡することとし、右訴外山本および訴外高柳から右譲渡につき予め承諾を受けた。

原告は同年一一月一三日に設立され、右訴外岩橋から本件建物の賃借権を譲り受け、引渡を受けた。

2、原告は昭和三二年五月中に本件建物の一階部分の占有を訴外鄭達永に、又中二階および二階部分の占有を訴外田栗政夫および社団法人アメリカン・ソサエティ・オブ・ジャパンにそれぞれ侵奪されたが、東京地方裁判所に訴外鄭を被告として右一階部分の占有回収の訴(同裁判所昭和三三年(ワ)第四、〇一五号事件)を提起し、訴外田栗外一名を被告として右中二階および二階部分の占有回収の訴(同裁判所昭和三二年(ワ)第四、〇八二号事件)を提起し、いずれも勝訴判決を得た。右判決に対する訴外鄭の控訴に対し、昭和三八年九月二五日に控訴棄却の判決が言い渡され(東京高等裁判所昭和三七年(ネ)第二、五〇六号事件)、右判決は上告期間の徒過により昭和三八年一〇月中に確定し、訴外田栗外一名の控訴に対し、昭和三九年五月二七日に控訴棄却の判決が言い渡され(東京高等裁判所昭和三三年(ネ)第一、三二六号事件)、右判決は上告期間の徒過により昭和三九年六月中に確定した。

ところで、占有の被侵奪者は占有回収の訴を提起することによって、従前有していた占有権の消滅を猶予され、引き続き占有権を有するものと擬制され、依然占有者としての取扱を受けるが、更に、右訴において被侵奪者勝訴の判決が確定することによって、被侵奪者は占有侵奪の時に遡って再び事実支配を回復したものとみなされるものである(民法第二〇三条但書)。

本件において、原告は前述のとおり、本件建物の占有を訴外鄭らに侵奪されたけれども、占有回収の訴を提起して勝訴し、右勝訴判決が確定したのであるから、原告は本件建物の占有を失わず、依然占有していたものとみなされる。

3、被告は以上の事実を知りながら、原告に対する債務名義に基かず、第三者に対する債務名義に基いて、昭和三九年三月に、本件建物収去の強制執行に着手し、同年四月一四日にその執行を完了した。そして本件建物は右執行によって滅失した。

4、原告は被告の右違法な強制執行により本件建物を使用収益することができなくなった。右執行がなかったならば、原告は本件建物において飲食店を経営することにより、少くとも一ヶ月一五〇、〇〇〇円の純益を、相当長期間にわたって得られたはずであり、そうでないとしても、本件建物を他に賃貸することにより、少なくとも一ヶ月一〇〇、〇〇〇円の賃料収入を、相当長期間にわたって得られたはずである。

原告は被告の違法執行により右利益を喪失したから、被告に対し損害賠償として、そのうち一、六八〇、〇〇〇円と右違法執行が行なわれた日より後である昭和三九年一〇月一〇日以降右支払済みまで右金員に対する民事法定利率年五分の金員の支払を求める。

二、被告の認否および主張

1、原告の請求原因1記載の事実は否認する。同2記載の事実中原告がその主張の訴を提起したことおよびその主張の判決が言い渡され、確定したことは認める。同3記載の事実中被告が原告主張の事実を知っていたことは争うが、その余の事実は認める。同4記載の事実は否認する。

2、物の占有を侵奪された者が、民法第二〇三条但書により、占有を失わなかったものとみなされるためには、占有回収の訴を提起しただけでは足りず、勝訴の確定判決を得た上、現実に占有を回復することを要すると解すべきである。ところで、被告が本件強制執行をした当時、原告は訴外鄭に対しては占有回収の訴を提起し、勝訴の確定判決を得ていたが、本件建物について訴外喜多祐市を債権者とし、訴外鄭を債務者とする仮処分が執行されており、執行吏が本件建物を保管していたため、原告は右判決に基き、現実に本件建物の占有を回復することができないままであった。又原告の訴外田栗外一名に対する占有回復の訴は、当時控訴審係属中で、右訴の判決は未だ確定していなかった。従って、原告は被告が本件強制執行をした当時、本件建物を占有していなかったことになるから、右強制執行は違法ではない。

3、原告外三名を控訴人とし、訴外石川禎を被控訴人とし、被告を参加人とする東京高等裁判所昭和三六年(ネ)第二、〇四〇号外二件併合事件において、被告(右事件参加人)は原告(右事件控訴人)に対し、本件建物に立ち入って、その敷地を占有してはならない旨の不作為を命ずる判決を得、同判決は最高裁判所において昭和四〇年二月一九日に上告棄却の判決が言い渡されるとともに確定した(同裁判所昭和三八年(オ)第一、四三六号事件)。原告は本件強制執行により本件建物を使用収益することができなくなり、その結果得べかりし利益を失ったと主張するが、原告が本件建物を使用収益するためには、本件建物に立ち入らなければならず、本件建物に立ち入れば、右不作為命令に違反し、被告に対する不法行為となることが明らかである。

そうすると、原告が失ったという利益は、原告が被告に対する不法行為を行なったとすれば得られた利益である。原告はこのような利益を失ったからといって、これを損害として、被告にその賠償を請求することは許されないと解すべきである。

三、被告の右主張に対する原告の認否

1、被告の右主張2記載の事実中、被告が本件強制執行をした当時、本件建物について被告主張の仮処分が執行されていたことおよび当時原告が本件建物の占有を現実に回復していなかったことは認める。その余の主張は争う。被告の右主張3記載の事実中被告主張の判決が言い渡され、確定したことは認める。その余の主張は争う。

第三、証拠関係≪省略≫

理由

被告が原告に対する債務名義に基かず、第三者に対する債務名義に基いて、昭和二九年三月に本件建物収去の強制執行に着手し、同年四月一四日にその執行を完了したことは当事者間に争がない。

原告は、以前本件建物を占有していたところ、昭和三二年五月中に訴外鄭らに右占有を侵奪されたが、右訴外人らに対し占有回収の訴を提起して勝訴し、右勝訴判決が確定したから、原告は民法第二〇三条但書により右強制執行の当時本件建物を占有していたものとみなされると主張し、従って右強制執行は違法であると主張する。

しかし、民法第二〇三条但書の法意は、占有の被侵奪者が占有回収の訴を提起して勝訴し、かつ、占有を現実に回復したときは、被侵奪者は占有侵奪の時から占有回復の時までの間は現実の占有を有しなかったにもかかわらず、この間占有を失わなかったものと擬制する趣旨であると解するのが相当である。従って、被侵奪者が民法第二〇三条但書によって、占有の擬制を受けるためには、占有回収の訴を提起して勝訴しただけでは足りず、更に、現実に占有を回復することが必要である。

本件において、原告が右強制執行の当時、本件建物の占有を侵奪されたまま、現実に占有を回復していなかったことは原告の自認するところであるから、民法第二〇三条但書によって本件建物を占有していたものとみなされるという原告の主張は失当である。

従って、更に判断を加えるまでもなく、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用は敗訴の原告の負担として主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上野宏 裁判官 矢口洪一 青山正明)

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